S-IVB 改造に関する契約は、1969年8月8日にダグラス社が獲得した。1970年1月には、実物大の模型を製作するための実験用の S-IVB がダグラス社に送られた。実際に宇宙に行ったのは、本来はアポロ20号で使用される予定だった機体である。
スカイラブは1973年5月14日、サターンVを改造したサターンINT-21により、高度435kmの地球周回軌道上に打ち上げられた。この発射が、本来の「スカイラブ1号 (SL-1)」である。このとき予想外の空気抵抗が機体にかかったため、微少隕石防御壁・太陽光遮蔽板および左側の太陽電池が引き剥がされてしまった。残った片側の太陽電池には、破片が挟まり展開できなくなってしまったため、船体は電力不足に陥った。また太陽光遮蔽板が脱落したことにより、船内温度は徐々に上昇しはじめた。1973年5月25日、サターンIBにより打ち上げられたスカイラブ2号の3名の乗組員は、船外活動によって故障した箇所を修理した。もしこの修理に失敗したら、熱によりプラスチック類が溶けて船内に有毒ガスが充満し、機体は使い物にならなくなるところであった。2号の乗組員は28日間宇宙に滞在した。続く3号は同じ年の7月28日、4号は11月16日に打ち上げられ、それぞれ3名の飛行士が59日間と84日間にわたって滞在した。最後の乗組員が地球に帰還したのは1974年2月8日であった。
軌道上での活動および成果
4号の終了後、3名の飛行士を20日間滞在させ、アポロ司令・機械船のロケットを噴射してスカイラブをより高い軌道上に乗せるスカイラブ5号計画が予定されていたが、実現しなかった。また NASA は残ったアポロ宇宙船やサターンロケットを使用して、もう一つのステーション「スカイラブB」の打ち上げを検討していたが、最終的にそれらはすべて博物館に寄贈された。
4号の終了後、3名の飛行士を20日間滞在させ、アポロ司令・機械船のロケットを噴射してスカイラブをより高い軌道上に乗せるスカイラブ5号計画が予定されていたが、実現しなかった。また NASA は残ったアポロ宇宙船やサターンロケットを使用して、もう一つのステーション「スカイラブB」の打ち上げを検討していたが、最終的にそれらはすべて博物館に寄贈された。
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4号の終了後、3名の飛行士を20日間滞在させ、アポロ司令・機械船のロケットを噴射してスカイラブをより高い軌道上に乗せるスカイラブ5号計画が予定されていたが、実現しなかった。また NASA は残ったアポロ宇宙船やサターンロケットを使用して、もう一つのステーション「スカイラブB」の打ち上げを検討していたが、最終的にそれらはすべて博物館に寄贈された。